兄弟何人?
「かーつみぃ。」
勝未が振り返ると、彩ノ瀬が大きく手を振ってこちらに走ってきた。
「何か用?彩ノ瀬君。」
と、ひきつった笑顔がキラリ。
「ああ、悪かった。頼むから、洸ちゃんって呼んで。」
へこへこと謝る彩ノ瀬。
「はいはい、で、何か用があったんじゃないの?洸ちゃん。」
からかうように笑って言うと、彩ノ瀬は顔を明るくした。
「今日も早く終わるだろ?お前ん家遊びに行ってもいいか?」
「うん、いいけど・・・。学童に寄らなくちゃいけないけどいい?弟と妹がいるんだ。」
「へえ、双子の弟だけじゃなくて、まだ下にもいるんだな。」
「うん。(たくさん・・・)」
「いいよ。オレも一緒に学童行くよ。」
彩ノ瀬はにかっといつもの笑みで返事をした。
(僕の弟妹知って、洸ちゃん、どう思うのかな・・・。)
少し不安になる勝未。それもそのはず、勝未にはたくさんの弟妹がいるのだ。
ふうっと、一息ついて
(なるようになれ・・・か。)
そう思い、席に着いた。
下校時間、ランドセルに教科書を詰めると、当番日誌を書き終えた彩ノ瀬が慌しくやってきた。
「悪い、遅くなっちゃった。」
「いいよ、慌てて転ばないようにネ。」
「いやあ、だって、弟が待ってるんだろ?オレの用事で待たせたらかわいそうじゃないか。」
と、彩ノ瀬の意外な言葉に嬉しくなる勝未。
(意外なんて言ったらきっと怒っちゃうだろうけどね。)
勝未は少し笑う。
「大丈夫だよ。いつもは僕の部活が終わるの待ってるくらいだから。」
勝未がそう言い終わると同時に、彩ノ瀬の帰り支度が完了した。
「こんにちは、大ノ宮です。迎えにきました。」
勝未がそう言って学童に入ると、ダダダァーッと小さいのが3人、走ってきた。
「こら、走ったらだめだろ。」
と、勝未が言う。
「ごめんなさーい。」
3人声を合わせてそう言うと、一人が彩ノ瀬の存在に気が付いた。
「兄ちゃん、この人誰?」
「友達だよ。あいさつしなよ。」
勝未が言うと、3人のうち、一番上に見える栗色の髪をした男の子が手を挙げた。
「賢司です!2年生です!」
続いて、もう一人の男の子がにっこり笑って言った。
「一樹です。1年生です。」
「一樹の方がおとなしいんだな・・・。」
と、彩ノ瀬。すると、最後に残ったショートカットの女の子が一樹の後ろに隠れてしまった。
「こら、加奈!」
勝未が叱る。すると、一樹が後ろに隠れた子をなだめるように言う。
「加奈ちゃん。お兄ちゃんのお友達だよ。あいさつしなきゃ・・・。」
それでも加奈はもじもじして何も言わない。
「出た出た。加奈のもじもじ星人。」
賢司がからかうと、加奈は賢司をにらみつける。しかしそれだけで何も言わない。
「ごめんなさい、この子は僕の双子の妹で、加奈って言います。同じ1年生です。初めて会う人だと隠れちゃうんです。」
と、一樹。
「勝未ぃ。一樹って、しっかりしてるな。本当に一年生か?」
「あはは、僕も時々そう思うよ。」
勝未が苦笑しながら学童を出た。賢司、一樹、加奈もその後に続き、更に彩ノ瀬も続いた。
(5人兄弟か・・・。にぎやかだなあ。)
と、彩ノ瀬が思う。しかし、これから彩ノ瀬が感じるものはにぎやかとはまた違う次元にあった。
「ただいまぁー。」
大ノ宮兄弟が声をそろえて言うが、家の中に響くだけ。
(なんか、淋しいな・・・)
彩ノ瀬の心。なぜかはわからないが、他の家と違う気がしてならない。
「家、広いんだな。」
と、洸が聞くと勝未はまた苦笑して答えた。
「家族多いから(異常に)・・・。」
「そっか、そうだよな。(親入れて7人だもんな。そりゃ、多いだろ)」
「どうぞ、あがって。」
勝未にそういわれて家に上がる彩ノ瀬。ちび達はばたばたと走ってそれぞれの部屋へ行く。
「うがいと、手洗いしろよ。」
「はーい。」
「勝未ってしっかりしてるよな。学級委員長に推薦されるわけだ。」
「それはどうかわからないけど、風邪ってうつるでしょ。家族多いと薬代がバカにならなくて・・・」
勝未が彩ノ瀬を連れて洗面所へ連れて行こうとすると、玄関が開いた。
二人が振り返ると
「ただいまー。」
勝未に良く似た双子の弟雅未と、2人の幼稚園児が入ってきた。二人とも女の子だ。
「おかえり。」
勝未がそう答える。
「か、勝未?あの二人は?(妹だったら兄弟だけで7人だぞ?)」
彩ノ瀬が驚いて聞くと勝未はまた苦笑して言った。
「妹なんだ。髪の長いほうが加奈の次の理奈。短いほうがさらに下の友子。」
勝未が紹介している間に、雅未がその二人にうがいと手洗いを命ずる。そして勝未の方へやってきた。
「こんにちは、遊びに来たんだ。僕は雅未っていうんだ。きっと兄貴から聞いてると思うけど。君の名前は?」
「あ、彩ノ瀬洸。うん、聞いてるよ。本当にそっくりだな。見分けつかないな。」
はあ〜っと感心する彩ノ瀬。すると、雅未が言う。
「ゆっくりしてきなよ。僕はもう部屋に行くから。」
と、2階へ上がっていった。どうやら部屋は2階にあるようだ。
手洗い、うがいを終え、居間で話していると、再び玄関が開く音がした。
「え?(まだ、誰かいるのか?)」
彩ノ瀬の顔に汗がたらり。
「ただいまー。」
女の子の声だ。ゆっくりこちらのほうへ向かってくる。顔を出したのはショートカットの眼鏡の女の子。目は少しきつい感じだ。
「あれ、兄さん。友達?珍しい・・・。」
「おかえり、初めて同じクラスになったんだ。それより、今日はピアノじゃなかったのか?」
と、勝未。彼女は手洗いとうがいをしに洗面所へ向かう。
「楽譜忘れたの。」
「相変わらず忘れっぽいなぁ。」
「うるさい。」
と、勝未と目を合わせずに2階へ上がっていった。
「きつい奴だな。あれが妹か?」
「そ、一つ下だから四年生だよ。よく忘れ物をするんだ。」
ふうっと呆れた顔をする勝未。
「あ、オレもよく忘れ物するんだ。オレとあの子は似てるな。名前、なんて言ったっけ?」
と、彩ノ瀬が聞くと
「彩子でーす。」
本人が楽譜を持ってやる気のなさそうに居間の横を通り過ぎながら言った。そして、
「行ってくる。」
出かけていった。
「なかなか、激しい妹だな。」
「ハハハ・・・。ごめん。」
と、勝未は困った顔をした。苦労してるんだな、彩ノ瀬はそう思う。
「そういえば、さっきから下の奴らばかりいるけど、長男なのか?」
勝未が頷くと、今度は雅未と賢司が居間にやってきた。
「蛍ちゃんの所、行ってくるよ。賢司も一緒に。」
「うん、わかった。」
二人は出かけていく。それと同時くらいにどこかの部屋のドアが開く。そしてかわいらしい足音でこちらに向かってくる。
(これだけ人数いると、誰が向かってきてるのかさっぱりわかんねえな。)
と、彩ノ瀬は心の中で思う。
「ねー、ねー、勝未ちゃん。」
やってきたのは一番末の友子。絵本を抱えている。
「雅未ちゃんは?」
「出かけたよ。」
勝未がそう言うと
「ええーっ!」
友子はひどくショックを受けた様子で、ふらふらと部屋に戻っていった。
「な、なんだ?あれ・・・」
「ハハハ・・・。なんか、やたら雅未になついてて、何をやるにしても雅未なんだ。今だってきっと雅未に本を読んで欲しくてきたんだもん。」
「淋しくないか?同じ兄として・・・。」
彩ノ瀬がそう言うと、もともと受けていたショックに更に重石がかかったように、がっくりとうなだれた。
「あっ!悪い!ショックだった?」
「ハハ・・・。いいさ、別に。大分慣れてきたし・・・。」
彩ノ瀬が勝未を盛り上げようとしていると再び友子がやってきた。
「勝未ちゃん。読んで。」
「え?僕?」
嬉しそうに顔をあげ、友子が差し出した本を受け取ろうとする。その勝未の姿は嬉しさでキラキラしていた。
しかーし
「よしよし、今日はオレが遊びにきてるからな。オレが読んでやろう!」
「え?」
驚く勝未。
「なになに、シンデレラか。さあ、友ちゃん、こっちへおいでぇ。」
友子も始めはなんのことだかさっぱりわからなかったが、とりあえず雅未の代わりに読んでくれる人が見つかったので、喜んで手を叩いた。
(せっかくのチャンスだったのに・・・。なぜ僕にその役を譲ってくれないの?)
悔しさ一杯、涙あふれる勝未だった。
「おお、君こそ僕の妃にふさわしい!」
感情の入りすぎた朗読に、友子は喜んでいた。
本を読み終わると同時に、また玄関の開く音がした。
彩ノ瀬は雅未達が帰ってきたとばかり思っていたのだが、居間に顔を出したのはまた違う顔だった。
「!」
「ただいま。」
勝未と同じ栗色の髪の毛に、くりっとした可愛い目。口元はほんのり笑っていて、女の子のようだが半ズボンをはいているところを見ると、どうやら男の子らしい。
「あれ、兄さん。お友達?」
ニコニコして話してくる。
「うん、おかえり。」
「はじめまして、こんにちは。」
にっこりと笑う彼の後ろに何故か華が見える。幻覚かと思い彩の瀬は目をこすってみた。
華は・・・ない、ようにも見えるが未だにどうなっているのか定まらない。
「・・・ただいま。」
その後ろから切れ長の目の男の子が現れた。彼は黒髪らしい。
「おかえり。手洗いとうがいしろよ。」
「へいへい・・・。」
黒髪の少年が面倒くさそうにそう答えると、二人は洗面所へ向かった。
「あれ、誰?」
彩ノ瀬が恐る恐る聞くと
「ああ、弟だよ。3年生なんだ。二人とも。」
「また、双子かよ!」
「え?」
違うよ、と、言いかけると友子が部屋に戻ると言い出した。
「ありがとう。」
彩ノ瀬にぺこっと一礼すると、友子は部屋に戻っていった。
「あの二人は何て名前なんだ?」
「えっとね、目の丸いほうが、真矢。」
「ああ、女の子みたいな奴だな。」
「洸ちゃん。それ、本人に言ったらダメだよ。学校でもそれでからかわれてるみたいだから・・・。」
(流石、勝未の弟だな)
「で、もう一人の黒髪のむすっとしたほうが達矢。」
「あいつは、さっきの彩子とかいう奴に似てるな。」
「んー・・・。そうだね、似てるっていえば似てるね。」
「勝未は父親似か?それとも母親似?」
勝未は両親の顔を思い浮かべる。近所の人には確か母親似と言われていた気が・・・。
「多分、母親似だよ。近所の人に言われるんだ。」
2人でお互いの親に付いて話していると、達矢がだるそうに居間の横にある廊下を通り過ぎた。すると、その後ろからばたばたと誰かが走る音が聞こえてくる。理奈が廊下に姿をあらわしたかと思うと居間から見える廊下の隙間の端でジャンプすると、達矢に飛びついた。
バタン!
「大丈夫か?」
勝未と彩ノ瀬が慌てて見ると、倒れた達矢の足に理奈がくっついていた。
「・・・。」
達矢はむっくりと起き上がりさっきよりも更に不機嫌そうな顔をして理奈のくっついている足をぶらぶらと上下左右させた。
「あははは。」
理奈は嬉しそうだ。達矢は勝未たちが見ているのに気がついて
「りぃ。はしたないぞ。」
と、言った。すると理奈はこちらに気づいて顔を真っ赤にして走り去った。
達矢は無言で部屋に入っていった。
「仲いいな。」
「あはは・・・、いいんだか、悪いんだか。」
彩ノ瀬の一言に苦笑して答える勝未。彩ノ瀬が更に聞いてきた。
「さっきの目つき悪い奴、妹のこと『りぃ』って呼んでたよな。兄弟同士であだ名とかあるのか?」
「あだ名ってほどじゃないけどね、理奈のことを『りぃ』なんて呼ぶのは達矢以外いないよ。賢司はね、理奈と部屋が一緒で仲がいいから『りぃな』って、わざと伸ばしてるみたい。理奈は誰に対しても『ちゃん』付けするけどね。」
「じゃあ、勝未も勝未ちゃんって呼ばれてるわけだ。そういえば、友子ちゃんも勝未ちゃんだったな。」
と、先ほどのことを思い出す彩ノ瀬。
「うん、その2人くらいだよ。後はみんなお兄ちゃんとか、兄貴とか、兄さんとか。」
「いろいろ呼ばれて大変だな。」
「もう慣れたよ。」
と、苦笑していると、
「そうね、慣れたわね、権力なしさん。」
と、幼いながらも冷たい声と口調が2人の後ろから聞こえてきた。振り向くとそこにはさっき楽譜を忘れて取りに来た彩子と、もう一人の女の子が立っていた。
(友達?友達だよな。でもなんか雰囲気が似てるぞ?)
彩ノ瀬が身構えると、もう一人の女のこの方が続けた。
「まだあるよね。短気とか、雅未兄さんに指揮を取られそうな人とか、仕事押付けられ役とか、バカ兄貴とか。」
「き、君は?」
と、思わず聞く彩ノ瀬。
「あんたこそ誰よ。」
と、返されてしまった。
「お、俺は彩ノ瀬洸。今年から勝未のクラスメイトだ。」
「あ、そ。」
話を終わらせようとする少女。
「こら!晶子!ちゃんと自己紹介しろ!」
と、勝未が怒鳴る。
「うるさい。ちょっと忘れただけでしょ。あ、晶子です。4年生だから。特に会うこともないだろうけど。」
「あ、いや、あるかもしれないよ。俺、また遊びに来るし。」
「こんな騒々しい家に?」
珍しいものを見たような顔をする晶子。
「いや、驚くこと多いけど、けっこう楽しいよ。」
「ああ、あたしが来たからまだ兄弟いるのかとか思ったんでしょ。」
(う、図星。)
「あ、図星の顔だ。」
と、彩子。
「お前らなぁ。学年上なんだから、もう少しきちっとした口の聞き方しろよ。」
勝未が呆れた顔で入ってくる。
「はいはい、すみませんね。あたしたち、ご飯の支度するけど、大丈夫?」
晶子が勝未に聞く。
「ああ、大丈夫でしょ。それまでには雅未たちも帰ってくるだろうし。」
会話の最中、彩ノ瀬は晶子を見つめていた。
栗色と黒の中間色の髪、肩に少しかかるくらいの長さ、ストレートでさらっとしていそうだ。目は彩子と同じく少しきつめな感じで、口元は常に下がっているようだ。身長も4年生にしてはそこそこ高く、細身だった。
「何か?」
その視線に気がついたのか、晶子は彩ノ瀬に聞いた。
「晶子ちゃんも彩子ちゃんも、美人だからもてるだろ?」
慌てて聞くと二人は口をそろえてさらりと言った。
「それなりに。」
(流石双子だ。)
そう思わざるを得ない彩ノ瀬だった。
勝未の部屋についた。
二段ベットと洋服ダンス、二人が座る机で部屋は一杯だった。
「雅未と一緒なんだな?」
彩ノ瀬が聞く。
「うん、狭くてごめんね。」
「いいや、しょうがないだろ。家族こんなに多いんじゃ、スペースも狭くなるよ。」
勝未はベッドに腰掛け、彩ノ瀬に隣へ座るよう勧める。
「そういや、さっきの晶子ちゃんだっけ、いつもメシ作ってるのか?」
「うん、彩子と2人でね、親が遅いからいつも僕たちだけで食べるんだ。」
「何か、学校の係りみたいだな。」
彩ノ瀬が冗談で言うと
「うん、そんな感じ。」
にっこり勝未スマイル(キラキラ付き)で返す。
(いかん!ここで可愛いと言ってはまた機嫌を損ねられる。)
ぐっと我慢の彩ノ瀬だった。
「雅未はね、ちびっこのお風呂入れ係。」
「ああ、あのちびっちゃいのはまだ危なそうだもんな。勝未は何をしてるんだ?」
「えっと、兄弟が現在いる場所の把握と、宿題、明日の予定の確認を全員分、洗濯、掃除、戸締り、親との連絡係り、かな?」
「やけにたくさんだな。」
「はは・・・。さっきも晶子が言ってたでしょ。仕事押付けられ役って。結局その通りなんだよ。」
「苦労してるんだな、本当に。」
「そんな、しみじみ言わないでよ。悲しくなるじゃない。」
遠くを見つめる勝未であった。
しばらく話していると、どこかの部屋から音楽が聞こえてきた。誰かが練習しているようだ。
「誰?」
「この曲は多分真矢だよ。この間あったコンクールで次の大会に進むことになったらしいから。」
「へえ、すげえな。このうちは皆音楽習ってるのか?」
「ううん、皆ってわけじゃないよ。止めちゃった奴もいるよ。」
「勝未はやってるのか?」
「うん、一応、ピアノをね。」
などと話をしていると、かなりの時間になってしまった。
「おれ、そろそろ帰るよ。なんか今日は自己紹介で終わっちゃったな。また部活ない時にでも遊びに来ようかな。」
「本当?来て来て!」
再び勝未スマイル(極上キラキラ付き)
「う、うをぉ!」
スマイル光線を受けて思わずまぶしがる彩ノ瀬。
「どうしたの?洸ちゃん。」
「いや、何でも・・・。(悟られるな、悟られるな)」
極上キラキラはなかなかおさまらなかった。
当然、発した本人はわかっていない。
一階に降りるといい匂いが漂っている。
「うわ、美味そう・・・。お前の妹、料理上手いんだな。」
「慣れたからじゃない?」
「それはどうも。」
気配なく晶子が現れる。その手にはきらりと光る・・・
「包丁持ったまま来るなぁ!」
泣き叫び、びびる勝未。声が出ない彩ノ瀬。
「は?ああ、忘れてた。」
相変わらずたんたんと答える晶子。苦笑した彩ノ瀬がこう言う。
「い、いい匂いだなあ。」
「じゃあ、少し毒見する?」
「味見じゃないのね・・・。」
なんだか怖くなる彩ノ瀬。恐る恐る晶子の後へついていくと、エプロン姿の可愛らしいはずの彩子が立っている。
そう、普通に立っているだけで可愛いはずなのに、怖くなるのはエプロンや顔に魚の返り血があるから。
(可愛いのに、可愛いのに、愛想ないし、なんか怖いし。)
勝未、彩ノ瀬共々そう思わずにはいられない。
彩子の視線は彩ノ瀬に向かっていた。
まだいたの?
そんな意味をこめた目。
怖くも、悲しくもなってくる。
「おれ、なんか悪いことしたかなぁ。」
震えながらつぶやく彩ノ瀬。ごめん、としか言いようのない勝未は涙を流して笑うしかなかった。
晶子が小皿におかずを少量取り、箸と一緒に彩ノ瀬に突き出す。相変わらず無愛想だ。
「あーんってしてくれないの?」
怖いもの知らずか、怖いもの見たさか、かなりチャレンジャーな彩ノ瀬。
ふう、と晶子はため息をつき、箸を持ち直し、毒見おかずを彩ノ瀬の口に突きつけた。
「うぐっ!」
始めは驚いたものの何とか口に入れ、食べてみると
「美味い!」
と、彩ノ瀬は叫んだ。
「美味いなあ。どうだ?将来おれと結婚するか?」
「イーヤー。」
いつもの調子で話し掛ける彩ノ瀬に再びたんたんと答える晶子。
「ふっ、考えるそぶりもなく振られちゃったよ。ま、冗談だけど。」
眉毛を「八」の字にして首を横に振る彩ノ瀬。それでも結構傷ついたようだ。
「あたしも。」
「いいのかよ?」
久しぶりにツッコミを入れた彩ノ瀬だった。
勝未と彩ノ瀬が玄関に行くと雅未と賢司が帰ってきた。
「また来てね。」
勝未と同じ花付きズマイルをする雅未。その横でバイバイと手を振る賢司。
「お前らの家、何だか楽しいな。」
彩ノ瀬の感想らしい。そこにいる大ノ宮兄弟は一つ間を空けて苦笑した。
「また明日な!」
彩ノ瀬は帰っていった。
「ねえ、兄貴。」
雅未が勝未に尋ねる。
「あの人、うちの兄弟全員に会ったの?」
「ん〜、ほとんど・・・。あの2人には会ってないよ。」
「じゃあ、早いうちに言っておいた方がいいんじゃない?十三人兄弟だって・・・。」
「・・・そうかもね。」
一方、彩ノ瀬は勝未の家から数歩歩いたところで、勝未と同じ栗色の髪をした小学生カップルとすれ違った。
(何だよ、俺より背が低いのにもう彼女いるのかよ。)
凄くイラついていた。
「ただいまー。」
その2人は勝未の家に入っていった。
「まだいたのかよ!」